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科学

もう1つ、命の話
75年も前の話です。
ささきの親父が3~4歳の時、蓄膿になり高熱が続いていた時があったらしいです。
今みたいに抗生物質も無い時代。医者にかかっても治らなければ神頼みするしか無い時代です。
元々、ささきのお祖母さんは信心深かった人でした。魂で生きているような人。ふっと、魂が身体から抜け出しどっかにいって、また戻ってくるような人でした。
また、知り合いの人が亡くなる前にお祖母さんの所に魂が良く知らせに来ていたみたいです。
なんか、昔は今の時代より生と死、神と人が近い時代だったような気がします。
ちょっと癇癪持ちの人でもありました。叔父さんが言ってました。子供の頃、お祖父さんとお祖母さんは良く喧嘩したと。そうするとお祖母さんは2~3日飯を作らなくなって、時々お爺さんがご飯を作っていたと。

そんなお祖母さんが、何日も高熱の下がらない弱った息子をおんぶして、子供の病気を治してくれるいい神様と聞いていた神社までお参りに行ったようです。昔は車もないし、山を二つ越えた向こうまで歩いて行きました。推定片道15Kmくらいだと思われます。
朝早くでて、お参りして夕方に帰ってきた時には、もう4歳の親父はお祖母さんの背中で虫の息になっていたそうです。
その時お祖母さんは腹が立ったと孫のささきに話してくれました。癇癪持ちでした(笑)
「こんなに一日中歩いて苦労してもこの子を救うことが出来なかった。この世に神も仏も本当はいないじゃないか!この子はもう助からない!」
と、カッ!となり、その虫の息のささきの親父を玄関から庭に放り投げたそうです。

そしたら親父の後頭部が梨の木の根元にぶつかり、エッ?と思ったら、鼻からドー!!と膿が出てきて、それから熱が下がり、病気が回復したといってました。

偶然か必然か?神様のおかげ?
むかしはそんな簡単な病気で子供がいっぱい亡くなった時代です。ささきの親父も、お祖母さんの神様へのお参りがなければ、天に召されていたかもです。
そしたら、ささきはこの世に居なかったわけで。。。。。
お祖母さんの癇癪に感謝。

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生命のアヤなんてこんなもの?
この間従妹の順子ちゃんが治療に来て、親の話、自分たちの話、子供の話に花が咲きました。
順子ちゃんは、二人の子の母親になっていますが、結婚前は尾崎豊やX-JAPANのヘア&メイクをやっていた子です(古い?) ぶっ飛んでいました。 今はぶっ飛んでる母親!!

順子ちゃんの父親と、佐々木の父親は双子です。
順子ちゃんの父親は秋田で中学校の先生をしてて、今は定年退職し隠居生活しています。
で、60年前の話。
昭和5年生まれの順子ちゃんの父親は、その父親(佐々木のお祖父さん)の命に従い日大医学部を受験し、合格しました。しかし、どうしても人の生き死にに関わる仕事は嫌だということで、父親の希望に反して明治大を受験しそっちの方にさっさと進んでしまったようです。

卒業して大日本印刷に勤めたのですが、身体が弱かったのか、仕事がきつかったのか程なく身体を壊してしまい、東京で長期療養していたようです。そこに、佐々木のお祖父さんが上京し、「秋田に教員の仕事を見つけてある。帰ってこい。」
と言うことで、秋田の中学校の先生になり、当時公務員との縁談を望んでいた順子ちゃんの母親の家人の目にとまり、婿養子になって現在に至っています。
順子ちゃんのお母さんは今風に言うと「天然。。」 順子ちゃんのお父さんは「へそ曲がりの議論屋」。
時々、順子ちゃんのお母さんが言います。「そのまま日大医学部に行ってればよかったのにね~。そしたらうちの生活もう少しらくだった。」 
 佐々木思います。そしたらあなと叔父さんは結婚していなかったのでは?そこら辺の理論の起承転結は確認できているのだろうか? (佐々木もケッコウへそ曲がりの議論屋)
もし、あの時身体が丈夫でそのまま会社に勤めていられたら、今も東京に居たとも思います。
そしたら、順子!お前は居なかったかもね。順子の子供二人も居なかったよ。などという話をしていました。

生命のアヤとはそんな些細なことの積み重ねなのかも。。。偶然の積み重ねか? あるいはそれこそが神のなせる業か?
人を好きになるとか、子供を愛するとか、人間の脳の中でどんな化学反応が起こっているのでしょうね。そして、子が高校生位になるとどういう化学変化を起こして、親子の愛を男女の愛が押さえ込んで巣立っていくんでしょうね?おそらく何万年も繰り返されている生命の不思議。

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ナナイヴィラ in Phuket
プロの女子テニスプレーヤーの杉山愛さんが引退されましたね。
十数年間国際舞台での活躍ご苦労さまでした。実際にお会いすると以外に小柄な体型に驚いたことを覚えています。
杉山愛さんのお父様は、佐々木の母校、東京歯科大学の10年先輩です。
そう、杉山愛さんは歯科医の娘さんなんです。
お母様がコーチをされて一緒に世界を転戦されていたようですね。 ということは、お父様の杉山先生は仕事をしながら一人で留守を守られていたわけですね。それに対してもご苦労様でした。
家族みんなに支えられた活躍だったんですね。

佐々木はテニスを30歳の時に始めて、以来20年途切れ途切れではありますが、週1回テニススクールに通っています。
佐々木は発散型の性格です。テニスの以前はゴルフをやっていました。ゴルフは一杯考える時間のある自分と向き合うスポーツです。ストレスを抱え込むいわば吸収型のスポーツです。佐々木には合いませんでした。
折りしも、バブル真っ盛りの頃。あのままゴルフを続けていたら絶対ゴルフ会員権を買っていたと思います(笑)
そんな時代でしたもんね。

ゴルフを辞めて始めたスポーツがテニスでした。以来ズーとテニススクール1本です。ゴルフで言えばゴルフ練習場で20年やってて一向にコースに出る気配なし、ということになります。だからヘタです。へへへ。

しかし、見る眼と解説は凄いです。(だから何なのという人もいますが、、、)

そんな、佐々木の上を行く 口テニスプレーヤーがタイのプーケットにいます。
「ナナイヴィラ」 というプチホテルをパトンビーチで経営する毛利さんです。タイ人の旦那様と二人の子供さんと暮らすアラフォーの心優しきお母さんです。

フェデラーファンのささきと、ナダル様~の毛利さんで時々何千キロも離れて、メールでテニス談義をしています。
毛利さんはユーチューブで4大大会を総て見ているようなのですが、佐々木は仕事、時差等でそこまで見ることはできず、毛利さんに結果をメールで聞いているような状態です。
ウインブルドンの男子決勝の死闘とか、USオープンのウイリアムスのフットフォールト等には大いに盛り上がりました。

毛利さんは メオタイ というハンドルネームで「メオタイ イン プーケット」 というブログをアップしていますのでご覧下さい。タイ在住の母親の破天荒な生活ぶりがダラダラと日記形式で書かれています。(半分くらいはあれも食べたい、これも食べたいみたいな話かも?)
ささきのナナイヴィラでのハンドルネームは ちちきちん と言います。 なぜか?
タイでは日本のテレビドラマが海賊版で多く出回っています。そのタイトルをタイ人がインプットする時に、「さ」と「ち」 を良く間違えるのだそうです。 
そしたら ささきさん を全部間違えたら ちちきちん になると大笑いしたことがあります。 それ以来、佐々木は ちちきちん。

プーケットにおいでになる時は、「ナナイヴィラ」 も宿泊の候補に入れてみるのもお勧めいたします。宿泊料金はタイバーツで設定されていますので、インターナショナルのホテルに泊まるつもりならば、 ナナイヴィラに3回行けることになります。日本語OKの毛利さん付きです。

あんまり観光地に行かないでビーチを眺め、予定を入れず、暮らすように過ごすのもいいもんです。

日本橋 佐々木歯科クリニック&インプラントセンター
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後悔するということ
 とある脳科学者が、言っていました。
「脳が成長するのは、大きな後悔をして、その大きな反省からしかありえない」と。
失敗は成功の母であるという言葉に通じるところがあるかもしれません。
オリンピックのゴールドメダリスト達ののコメントを聞くと、ことごとく大きな挫折を味わい、そこから立ち上がってきたという話を聞きます。だから金メダルに人々が感動するのかもしれません。

 ささきのインプラント治療も後悔の連続です。失敗はしていませんが後悔の日々です。技術的にうまくなり、学問的に高度になればなるほど、後悔の度合いも深くなってきました。
もっとうまく植立できたかもしれない。もっと患者様が楽に手術ができたかもしれない。もっと良い咬み合わせで冠を被せられたかも知れない。
術後の写真やレントゲンを見ながら日々後悔のため息をついています。

ささきは、インプラント処置が基本的に好きです。
ここまでやったらOKというゴールのない奥の深い学問だと思っています。だから勉強しても勉強しても新たな課題が壁として現れてきて終りがありません。

金持ち父さん、貧乏父さんの著者のロバート・キヨサキが言っていました。
投資がリスクが高いのではない、投資をする人がリスクが高いのなのだと。
インプラントにもそっくり置き変わります。
インプラントがリスクの高い治療なのではなく、インプラントをやる歯医者の腕がリスクが高いのだと。

歯を抜いてその後どうするかと治療方法を考えた時、インプラント治療を第一選択として考える時代がもうそこまで来ています。
20年後は入れ歯入れている人がいなくなっているかも知れません。
20年前を考えると、奥歯に入れ歯を入れ、前歯の虫歯に金歯を入れている人が普通にいましたが、今前歯に 金歯を入れている人は皆無です。現在までの20年の変化のスピードがこんなです。
これからの20年はもっとスピードアップして技術や科学、文化が変わっていくものだと思います。
ささきはやるからには最先端にいたいと思います。そしてまた後悔の度合いが深くなっていきます。

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自転車に乗っています
冬の間も寒さに耐えて乗っていました。
2008年の大晦日夕刻から夜にかけて、自宅から環八と国道1号線の交差点にある自転車屋に行き、日本橋のクリニックで雑用を片付け、新宿の友人宅に自転車で移動しました。日のとっぷり落ちた冬の神田川沿いを走っていると、とうとう飯田橋のあたりで寒さの為頭が痺れてきて思考不能になり、同時に俺は大晦日に何やっているんだろうと侘び悲しくなってきました。

ということがありましたが、春になり順調に距離を伸ばしています。体力、持久力がついてきました。
最近は土曜か日曜に一日に100km走ります。一週間で200kmくらいは走っていますがその体力がついたのだと思っています。
去年から比べると体重が7Kg減です。お腹まわり、お尻周りが脂肪が落ち、その次内臓脂肪が落ちていくのが分かりました。
今自転車をこいでいると幸せです。変でしょうか?   
健康的なものを持続的にやるということはある種苦痛を伴うものと考えていました。 
ジョギング、ジム、スイミング。。。。。どれも楽しく、爽快なものではなく、修行のようなところがありました。
自転車がこんなに合うとは以外でした。

休みの日、朝7時に家を出て、多摩川沿いのサイクリングロードを上りますと、世田谷、調布、府中、昭島、福生、羽村とサイクリングロードが続きます。
だいたい、昭島市の多摩大橋あたりで家を出てから2時間ぐらいになります。
多摩大橋沿いの交差点に24時間営業の中華料理店「東京亭トンキンテイ」というお店があります。
餃子が美味しい!!  しょう油ベースの普通のラーメンですがこれもうまい!!
午前9時頃から ラーメン+餃子 食べています。 変でしょ? 変ですよね。

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